2017年9月11日ドイツで開催されたフランクフルトモーターショー。
我々の前に驚嘆すべき一台のマシン、AMG Project ONEが舞い降りました。メルセデスが同社の“F1技術をほぼそのまま反映させた市販車”という世界でも類を見ないマシンに驚きと興奮を覚えずにはいられませんでした。
AMG設立50周年の花火
AMG設立50周年を記念して発表されたProject ONEは、今回の第45回東京モーターショー2017にて記念すべきアジア初披露となりました。
身を乗り出して待ちわびた記者達の前にカーテンの中から現れたProject ONEは、ゆっくりと自走して全貌を見せました。実に静かでスムーズな走行に、このモンスターが電気モーター独立走行可能なハイブリッドである事を瞬時に理解させられます。
ここで大まかなスペックを紹介します。
- 後輪を駆動するエンジンはF1マシンに採用されている1.6リッターV6ターボエンジンで車体中央に搭載。
- 電気モーター4基を各所に配置。
- 専用に開発された8速マニュアルトランスミッション(オートモード付)を介してシステム出力1000PS以上が路面に伝えられ、その結果、最高速度は350km/h以上に達するといわれています。
その他にもパワーユニットからのトラクションを路面に正確に伝えるプッシュロッド式のサスペンション、専用のアルミ鍛造ホイール、カーボンモノコックボディを纏い、それら全てを癖のない楚々たるエクステリアで仕上げられています。
F1“そのもの”
最も大きな特徴である1.6リッターV6直噴ターボエンジンは2014年からF1のレギュレーションにのっとり戦うために開発された“そのもの”で、経験と実績を積んだレーシングマシンのエンジンを搭載する上で公道走行用にセッティングされています。
最高回転数はF1より抑えられているものの、カムギヤトレーンによる吸排弁駆動は機械式バルブスプリングではなくバルブサージングなど問題の起きないニューマチックバルブをそのまま採用しており11000rpmまで楽々達します。
高回転でのバルブの追従性を求める、これまでの市販車には無いF1では当たり前の技術です。
少しクルマに詳しい方なら、“1.6リッターでそこまでのパワーってことは、きっと、どっかんターボでスムーズには走れないのでは?”と頭をよぎりますが、その心配はいらないようです。
答えは、電動アシストターボチャージャーです。
ターボハウジングの排気タービンとコンプレッサの間に存在する90kW(122PS)の電気モーターが、負荷に応じてコンプレッサホイールを最高10万rpmまで駆動させます。
過給圧こそ公表されていませんがターボラグなどとは無縁のレスポンスを実現させ、また余剰なエネルギーは回収して発電に利用できるシステムになっています。
また、エンジンのクランクシャフトを直接アシストする電気モーター120kW(163PS)も備わっています。パワーバンドが広いトルクの豊かなフィーリングが想像されます。
さて、計4基のうち2基のモーターの居場所が解りました。残りの2基は、もちろん前輪の駆動です。
エンジン出力とは独立した120kWの電気モーターをフロント左右に搭載し、それぞれ個別に出力をコントロールすることによって、駆動力アシストに加えトルクベクタリング制御が可能になっています。
コーナリングなどの運動性能に大きなアドバンテージがあるのは言うまでもありません。
近年、高出力なモーターの小型化から他社EVなどでも各ホイールを個別制御してトルクを配分するなど、従来のLSDにはない細かな姿勢制御が可能となってきました。
ハイブリッドエンジンの後輪と純電気モーター駆動の前輪を持つこの4WDシステムは、高度なメカトロニクスが絡んで開発にも紆余曲折のあったことが想像に難しくありません。
今回登場した際の電気モーターによる走行は、その自信の現れによるパフォーマンスだったのかもしれません。
Project ONEは、それぞれのモーターが積極的に回生システムを活用し熱効率を高めるパッケージによって、市販車としては圧倒的な40%以上の熱効率を達成する見込みだと謳います。
- カーボンモノコックボディにエンジン及びトランスミッションがメンバーとなりそれに支持されるリアサスペンション構造
- 無駄のないボディラインやディフューザー
- 当たり前に装備されたカーボンセラミックブレーキにそのブレーキを効率よく冷却し、かつ空力を考慮しデザインされたホイール
- 合理的なインテリア
造形のひとつひとつに説得力があります。
AMGの未来 車のもう一つの未来
世間を見れば排ガス規制、燃料の節約や内燃機関と電気モーターの融合。自動車メーカーは実用的になりつつあるEV技術や車体のコンポーネントによって市場に新しい価値観の商品を送り込んできました。
しかし、市販車はあくまでユーザーの為に存在するものであり、車体が高価であれば手に入らず、燃料代その他維持費も重要な要素でもあります。
ハイパーカー特有のエクステリアデザインやブランドによるハッタリも大切です。
“ガソリンが燃焼した熱を回転運動に変換して車輪が回る”というF1マシンの技術は勿論勝つ為の技術ですが、パワーだけではなく、その燃料をいかに効率的に扱うかがもう一つの大切な要素になっています。
当然のことながら莫大なコストが車両開発にかかります。機密事項も多くある中で市販化という大きな壁を乗り越えたAMGには、“ユーザーの為”は勿論、その車両を実現化させたい熱意と自らの価値に対するプライドを大きく表面に昇華させてきた印象が今回は一段と感じられました。
F1は走る実験室などと表現されるように、各メーカーそれぞれ戦いの場で得たモノを市販車にフィードバックさせますが、Project ONEほど贅沢に完璧にそれを成し得た車両は過去にありません。
近年のハイパーカー界はいわゆる“馬力バブル”の中にあり、1000馬力超えの市販車など珍しくも無くなりました。最高速も然りで、車両価格も尋常ではありません。
その中で、Mercedes AMG Project ONEにこれほど興味と期待が集まるのは、それが正直で忠実な技術と優れたパッケージで表現された工業製品として最も美しい姿だからなのかもしれません。
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